世界史構造学習 2 文明誕生
時代
農耕開始からしばらく経って
地域
メソポタミアなどの大河の流域
キーワード→要旨文
農耕は、農業に進化した。
人が多くなり、支配する・されるが生まれた。
大河の流域に文明が誕生した。
金属器が作られた。
文字により日々が記録され人類の歴史が始まった。
歴史的思考
<前後>
この単元は、前の単元の後である。
前の単元は、農耕の開始である。
そしてこの単元は、農耕が次の段階に進化した時代。
<東西南北>
ナイル川、ティグリス川・ユーフラテス川、インダス川、黄河・長江、アメリカ大陸の、世界諸地域に文明が誕生した。
このうち、ティグリス川・ユーフラテス川の流域はメソポタミア(2つの川に挟まれているという意味)と呼ばれている。
<農耕→農業>
似たような言葉だが、互いにまったく異なる別次元の言葉である。
農耕は、畑を耕し、種をまき育て、収穫物を自分で消費し、また種をまく。
農業は、収穫物を他の場所に持っていき他人の持つ物品と交換するための、農耕・農作業である。
農耕は、つまり自給自足で、人の生活は村に閉じこもりである。
農業は、収穫物を売るために作るもので、人は村から飛び出し盛んに行き来して商業をする。
農作業の目的が違っただけで、人の日常生活の様相も全く異なる。
現代に例えると、家庭菜園が農耕で、田畑が農業である。
<人が多くなる>
農耕時代は、人が少なかった。
農業時代になると、人が増えた。
農耕時代は、自給自足なので頼れるのは自分の身体と精神だけで、水は川から持ってくるには難しく雨水に頼らざるを得ない。
何年も連続して農耕していくと、土から栄養分が抜けてしまう。肥料が必要だが、その原料は他の村や漁村(魚粉は有力な肥料)にしかない。人肥(便)だけでは足りない。
農業時代になると、その村の農耕民だけでなく、他の村の農耕民や商業民も農耕に協力することとなった。
他村の人や商業民にとっても、その収穫物=商品は価値があるものだったからだ。
村同士が互いに助け合い、やがて合併していく。広大な地域農業となる。
<支配>
互いに助け合うといっても、土地や気候の微妙な違い、運の大小により、各人の間に貧富の差が生まれた。
富めるもの(つまり多くの人を養える)が貧しいもの(他人を養えない、自分と家族だけで精一杯)を支配する、そして支配されるというのが、自然に生まれた。
これが、国家の始まりである。
<川の流域>
農業に必要なものは、土・太陽光・水である。
このなかで最も重要なファクターは、水である。
土は、辺り一面に広がっている。太陽光は、全ての人の上に降り注いでいる。
しかし、水はたまに降る雨では到底足りない。川から持ってくるしかない。
川から水を引くわけだが、川から遠く離れた場所にはたとえ強大な権力があったとしても無理である。
農業可能な地域は、しぜんと川の流域に集中する。
しかも中小河川では水量が足りないので、広い幅で長い距離を流れる川つまり大河の流域が農業の最も適した地域となる。
<文明の誕生>
文明という語は、文化という語とよく似ている。
一般的な定義として、文化は精神的なもの、文明は物質的なものという区別がある。
しかし、文化には実は物質的なものも含まれる。
文化とは、人が生み出したものすべてである。
それに対し文明は、多数の人が存在する状態である。
人が多いがゆえに生まれるものを、文明という。
大量生産された多くの物品、多人数を支えるための利器・インフラ・制度・権力。
つまり文明は、文化のなかの一つのファクターである。
<器>
文明時代、新しい道具として金属器が登場する。
農耕が始まった頃は、石器時代で、木器・土器も作られた。
農耕のない氷河時代にも石器があった。
石や土、木は、加工が容易である。
それに対し金属は、固すぎて加工が難しい。加工するには、パワーが必要である。パワーを生み出すのは、多くの人数とそれを統率する支配者。
<生活を記録するための文字→歴史>
氷河時代も、人は、生活の知恵として洞穴の壁に絵を描いて記録を残していた。
農耕が始まった後も、それは続いていた。
絵を描き続けると、絵はしだいに簡易化した。
そして絵を究極に簡易化したもの、文字が生まれた。
文字による日記は、通常、時系列順に並んでいる。
文字(史)が過去から未来に向かって並んでいる(歴)状態、それが「歴史」である。
ここから、人類の歴史が始まった。





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